平安京と貴族の政治
794年に桓武(かんむ)天皇が律令政治の立て直しのため、都を現在の奈良から京都に移しました。
この都を平安京と言い、ここから平安時代が始まりました。
鳴くよ(794)ウグイス平安京。
平安時代には「坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)」を「征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)」に任命し、朝廷の支配に従わない東北地方の蝦夷の平定にあたらせました。
さらに、摂関政治と言って、天皇が幼いときには摂政、成人からは関白として朝廷の実権をにぎって政治を行いました。
11世紀前半には藤原道長・藤原頼道を筆頭に藤原氏が朝廷の高位高官を独占し、地方豪族から荘園などを寄進され、多くの収入を得ていました。
この頃、新しい仏教として、最澄(さいちょう)が天台宗を広め、比叡(ひえい)山に延暦寺(えんりゃくじ)を建て、空海が真言宗を広め、高野(こうや)山に金剛峰寺(こんごうぶじ)を建てました。
国風文化について
894年に遣隋使が停止され、摂関政治が栄えていた頃に日本の風土や生活に合った貴族文化を「国風文化」と言います。
貴族の住まいが「神殿造」となったり、藤原頼道によって「平等院鳳凰堂(びょうどういんほうおうどう)」が建てられたりしています。
平等院鳳凰堂は今の10円玉でおなじみですよね。
さらに、浄土信仰の教えと言って、念仏を唱えて阿弥陀仏(あみだぶつ)にすがれば、来世での幸福が得られるとする教えもこの時代に始まっています。
まとめ
平安時代には藤原氏によって政治が大きく変化していきます。
また、平安時代には「かな文字」が普及し、国文学が発達してきます。
この頃の国文学として、「紫式部」による「源氏物語」や「清少納言」による「枕草子」、「紀貫之」らが編集した「古今和歌集(こきんわかしゅう)」が有名ですね。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
これを読んでくれた方が少しでも歴史に興味を持ってくれたらうれしいです!
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