安土・桃山時代の始まり続く戦乱の世
尾張(現在の愛知県)の戦国大名であるかの有名な「織田信長」は、1560年の桶狭間(おけはざま)の戦いで今川義元に勝利しました。
続いて、1573年には15代将軍足利義明(あしかがよしあき)を京都から追放し、室町幕府を滅ぼします。
さらに1575年に武田氏との長篠の戦いにて始めて鉄砲を組織的に使った戦いを繰り広げ、勝利しました。
その後、比叡山の延暦寺も焼き討ち、仏教勢力も抑えました。
織田信長は琵琶湖のほとりに安土城を建て、天下統一の拠点としました。
商工業を発展させるため、だれもが自由に商工業を営めるよう「楽市・楽座」を始めました。
織田信長の最後と豊臣秀吉の天下統一
1582年に天下統一目前で家臣の「明智光秀」から襲撃を受け、無念にも自害しました。
これを本能寺の変といいます。
本能寺の変の直後に豊臣秀吉が明智光秀を倒し、織田信長の後継者となりました。
1583年に大阪城を築き、1590年に全国を統一しました。
ものさしやますを統一し、田畑の面積を調べ、おおよその収穫高を石高であらわし、それを検地帳に記録する「太閤検地(たいこうけんち)」や、農民の一揆を防ぐため農民や寺院から武器を取り上げる「刀狩」といった政策を行いました。
まとめ
歴史上の人物で最も有名ともいえる織田信長が登場しました。
織田信長は天下統一目前で明智光秀の裏切りにより統一を果たすことができませんでしたが、豊臣秀吉が意思を継ぎ、初めて天下統一となりました。ここからも様々な政策や戦いが出てきますので、しっかり内容まで覚えていきましょう。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
これを読んでくれた方が少しでも歴史に興味を持ってくれたらうれしいです!
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