【中学3年生】第一次世界大戦後の国際協調

【中学3年生】第一次世界大戦後の国際協調

第一次世界大戦の終結

1918年、ドイツが降伏し、1919年にパリ講和会議で「ベルサイユ条約」が調印されました。
そして、アメリカ大統領のウィルソンが、各民族が他の民族に干渉を受けずに政治的運命を決定すべきという「民族自決」を提案しました。
これにより、東ヨーロッパで多くの小国が独立しました。

次に、ドイツへの対応として、領土の縮小、全ての植民地の没収、多額の賠償金の支払い、軍備の縮小が命じられました。
日本は中国山東省のドイツの権益を引き継ぎ、太平洋地域の植民地委任統治権を得ました。

国際連盟

1920年にアメリカ大統領ウィルソンの提案で、国際平和の確立と維持のために国際連盟が作られました。
本部はスイスのジュネーブに置かれ、イギリス、フランス、イタリア、日本が常任理事国となりました。

しかし、アメリカやソ連などの大国が不参加だったため、その基盤は弱く、軍事的な裁判ができず、経済制裁にとどまったため、国際紛争の解決に十分な力を持ちませんでした。

軍縮会議と国際協調

アメリカの呼びかけでワシントン会議が開催されました。
海軍の軍備制限、太平洋地域の現状維持、中国の独立と領土の保全を確認しました。

アメリカ、イギリス、フランス、日本が四カ国条約に調印し、日英同盟の解消が決定されました。

ワイマール憲法

1919年に第一次世界大戦後のドイツでワイマール憲法が制定されました。
世界で初めて社会権について明記されており、国民主権、労働者の団体を定め、満20歳以上の男女に選挙権が与えられました。

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