士族の反乱
維新改革に不満をもつ士族たちが、大久保利通らの専制政治に評判を強め、西日本各地で武力蜂起しました。
大久保利通は内務省を創設し内務卿になるなど、近代化の改革を行いました。
そして、1877年、鹿児島の不平士族が「西郷隆盛」を中心に反乱を起こしました。
これを「西南戦争」といいます。
しかし、微兵制でつくられた新政府軍に鎮圧されました。
以後、武力から言論による政府批判が中心となります。
自由民権運動
藩閥政治に反対して、国民が政治に参加する権利の確立をめざす運動が始まります。
これを「自由民権運動」といいます。
まず、1874年に「板垣退助」らが、民撰議員設立の建白書を政府に提出しました。
さらに、1880年に国会期成同盟が結成され、政府は10年後に国会を開くことを約束しました。
一方、国会をすぐに開くように主張した「大隈重信」を政府から追放しました。
そして、1881年に板垣退助らが自由党を結成し、1882年に大隈重信らが立憲改進党を結成しました。
まとめ
自由民権運動により、日本内部も大きく変化が出てきます。
ここから政治も複雑になり、覚えることも増えてきます。
一つひとつの意味をしっかり理解しながら覚えて行きましょう。
関連記事
Visited 36 times, 1 visit(s) today








コメント