開国について
1853年、アメリカの使節「ペリー」が四隻の軍艦を率いて浦賀(神奈川県)に来航し、日本に開国をせまりました。
そして、1854年に「日米和親条約」を結び、下田(静岡県)と函館(北海道)を開港しました。
さらに、1858年にはアメリカの総領事であるハリスと大老の井伊直弼(いいなおすけ)が「日米修好通商条約」を結び、アメリカとの貿易が始まりました。
ここで、函館、横浜、長崎、新潟、神戸の5港を開港しました。
しかし、領事裁判権(治外法権)を認め、関税自主権のない不平等条約となっていました。
開国の影響
最大の貿易港は横浜で、貿易相手国はイギリスが中心となっていました。
1858年~1859年に井伊直弼が開国反対派を弾圧し、吉田松陰らを処刑しました。これを「安政の大獄」といいます。
そして、1860年、弾圧に反発した水戸藩の元藩士らに井伊直弼が暗殺されました。これを「桜田門外の変」といいます。
貿易は開始され、日本は毛織物や綿織物、武器を輸入し、生糸や茶を輸出しました。関税自主権がないため綿製品の産地は打撃を受け、生糸や茶は商人に買い占められて品不足となってしまいました。
まとめ
ついにペリー率いる黒船が来航し、時代が大きく動きます。
この黒船来航は今後登場する歴史上の有名な人物を動かすきっかけとなる大きな出来事でした。
ここでの出来事は必ず覚えておきましょう。
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